《古事記物語》

仁徳天皇

別名:大雀命 · 所属:天皇家 · 身分:天皇 · 初登場:宇治の渡し

日向から召しよせられた髪長媛を、大雀命は父の応神天皇に願い、許しを得て妻に迎えた。宇治若郎子、大山守命とは腹違いの兄弟であり、大山守命とはともに父に呼ばれたこともあった。やがて宇治若郎子が若くして亡くなると、大雀命は位に就き、後に仁徳天皇と呼ばれるようになった。

即位すると難波の高津の宮を皇居とし、曽都彦の娘である岩野媛を皇后に立てた。民の暮らしを案じ、〈どうかこれから三年の間は、しもじもから、いっさい租税をとるな。またすべての働きに使うのを許してやれ〉と命じ、三年の後に租税と夫役を再開した。あるときには黒媛を宮中に召し使い、その後も心にかけていた。

岩野媛が宮を離れると、鳥山や丸邇臣口子を使いに立てて迎えようとした。また、弟の速総別王を使いにしたことをきっかけに、速総別王と女鳥王を敵として追い、曾爾で天皇の兵が二人を刺し殺した。八田若郎女には暇を出す一方、その名を伝えるために八田部を設けた。天皇には皇子五人、皇女一人があり、その中から履仲天皇、反正天皇、允恭天皇が次々に位に就いた。天皇は八十三歳で亡くなり、後を履仲天皇が継いだ。

関係の記録

生涯の出来事

  • 大雀命が応仁天皇の許しを得て髪長媛を妃に迎えた。(宇治の渡し)
    • 同席:髪長媛
    • 〈皇子はとうから評判にも聞いていた、このきれいな人を、天皇のお許しでお妃におもらいになった〉
  • 宇治若郎子の死後、仁徳天皇が位に就いた。(宇治の渡し)
    • 同席:宇治若郎子
    • 〈そのうちに、若郎子皇子がふいにお若死にをなすったので、大雀命もやむをえず、ついにお位におつきになりました。後の代から仁徳天皇とお呼び申すのがすなわちこの天皇でいらっしゃいます。〉
  • 仁徳天皇が即位し、岩野媛を皇后に立てた。(難波のお宮・その一 · 📍 難波の高津の宮)
    • 同席:応神天皇 岩野媛 曽都彦
    • 〈仁徳天皇はお位におのぼりになりますと、難波の高津の宮を皇居にお定めになり、葛城の曽都彦という人の娘の岩野媛という方を改めて皇后にお立てになりました。〉
  • 仁徳天皇が三年間の租税を免じ、労役も許した。(難波のお宮・その一)
    • 〈どうかこれから三年の間は、しもじもから、いっさい租税をとるな。またすべての働きに使うのを許してやれ〉
  • 仁徳天皇が租税と夫役を再開した。(難波のお宮・その一)
    • 〈そして、そこではじめて租税や夫役をおおせつけになりました。〉
  • 仁徳天皇が黒媛を召し上げ、宮中で召し使った。(難波のお宮・その一 · 📍 宮中)
    • 同席:黒媛
    • 〈すぐに召しのぼせて宮中でお召し使いになりました。〉
  • 天皇は八田若郎女に暇を出し、八田部を設けた。(難波のお宮・その二)
    • 同席:八田若郎女
    • 〈天皇はそれといっしょに、八田若郎女においとまをおつかわしになりました。しかしそのかわりには、郎女の名まえをいつまでも伝え残すために、八田部という部族をおこしらえになりました。〉
  • 天皇の兵が速総別王と女鳥王を刺し殺した。(難波のお宮・その二 · 📍 大和の曾爾)
    • 同席:速総別王 女鳥王
    • 〈お二人はそこからさらに同じ大和の曾爾というところまでいらっしゃいますと、天皇の兵がそこまで追いついて、お二人を刺し殺してしまいました。〉
  • 天皇は八十三歳で亡くなった。(難波のお宮・その二)
    • 〈天皇はついにおん年八十三でおかくれになりました。〉
  • 履仲天皇がお父上のあとを継いで即位した。(大鈴小鈴 · 📍 難波のお宮)
    • 同席:履仲天皇
    • 〈お父上の亡きおあとをおつぎになって、同じ難波のお宮で、履仲天皇としてお位におつきになりました。〉

宇治の渡し

  • 親:応神天皇 〈あるとき天皇は、その若郎子皇子とはそれぞれお腹ちがいのお兄上でいらっしゃる大山守命と大雀命のお二人をお召しになって、〉
  • 大山守命と兄弟 〈あるとき天皇は、その若郎子皇子とはそれぞれお腹ちがいのお兄上でいらっしゃる大山守命と大雀命のお二人をお召しになって、〉
  • 宇治若郎子と兄弟 〈あるとき天皇は、その若郎子皇子とはそれぞれお腹ちがいのお兄上でいらっしゃる大山守命と大雀命のお二人をお召しになって、〉
  • 髪長媛と夫婦 〈皇子はとうから評判にも聞いていた、このきれいな人を、天皇のお許しでお妃におもらいになったお嬉しさを、同じく歌にお歌いになって、大喜びで御前をおさがりになりました。〉
  • 求婚の相手:髪長媛 〈「こんど日向からお召しよせになったあの髪長媛を、お父上にお願いして、私のお嫁にもらってくれないか」とお頼みになりました。〉

難波のお宮・その一

  • 親:応神天皇 〈皇子はそのとおり、十五人もいらしったごきょうだいの中から、しまいにお父上の天皇のおあとをお継ぎになりました。〉
  • 岩野媛と夫婦 〈仁徳天皇はお位におのぼりになりますと、難波の高津の宮を皇居にお定めになり、葛城の曽都彦という人の娘の岩野媛という方を改めて皇后にお立てになりました。〉
  • 臣:武内宿禰 〈皇子は、日本でがんが卵をうんだということは、これまで一度もお聞きになったことがないものですから、たいそうふしぎにおぼしめして、あとで武内宿禰を召して、〉
  • 従者:黒媛 〈あるとき天皇はそのころ吉備といっていた、今の備前、備中地方の、黒崎というところに、海部直という者の子で、黒媛というたいそうきりょうのよい娘がいるとお聞きになり、すぐに召しのぼせて宮中でお召し使いになりました。〉
  • 想い人:黒媛 〈天皇はその後も、黒媛のことをしじゅうあわれに思い思いお暮らしになっていました。〉

難波のお宮・その二

  • 岩野媛と夫婦(天皇と皇后) 〈天皇のおそばがなつかしい。今この目の前の川べりには、鳥葉樹がはえている。〉
  • 臣:鳥山 〈天皇はすべてのことをお聞きになりますと、鳥山という舎人に向かって、「おまえ早く行って会ってこい」という意味をお歌でおっしゃって、皇后のところへおつかわしになりました。〉
  • 臣:丸邇臣口子 〈そのつぎには、丸邇臣口子という者をお召しになって、「皇后はあんなにいつまでもすねて、お宮へもかえって来ないけれど、しかし心の中ではわしのことを思っているに相違ない。二人の間であるものを、そんなに意地を張らないでもよいであろうに」という意味を二つのお歌にお歌いになって、また改めて口子をお迎えにおやりになりました。〉
  • 速総別王と敵対 〈天皇はすぐに兵をあつめて速総別王を殺しにおつかわしになりました。〉
  • 女鳥王と敵対 〈お二人はそこからさらに同じ大和の曾爾というところまでいらっしゃいますと、天皇の兵がそこまで追いついて、お二人を刺し殺してしまいました。〉
  • 臣:山辺大楯連 〈そのとき軍勢を率いて来たのは山辺大楯連というつわものでした。〉
  • 速総別王と兄弟 〈それからあるとき天皇は、女鳥王という、あるお血筋の近い方を宮中にお召しかかえになろうとして、弟さまの速総別王をお使いにお立てになりました。〉

大鈴小鈴

  • 子:履仲天皇 〈仁徳天皇には皇子が五人、皇女が一人おありになりました。〉
  • 子:反正天皇 〈仁徳天皇には皇子が五人、皇女が一人おありになりました。〉
  • 子:允恭天皇 〈その中で伊邪本別、水歯別、若子宿禰のお三方がつぎつぎに天皇のお位におのぼりになりました。〉

しかの群、ししの群

  • 子:大日下王 〈天皇は弟さまの大長谷皇子のために、仁徳天皇の皇子で、ちょうど大おじさまにおあたりになる大日下王とおっしゃる方のお妹さまの、若日下王という方を、お嫁にもらおうとお思いになりました。〉

⭐ 人物相関星図 → · 📖 原典を読む → · 🗂 人物索引 → · 🕰 年表 → · 📍 場所 →

『古事記物語』の原文から抽出。Made with Rho MD。

在 Rho MD 里浏览整本书——免费。

免费下载 Rho MD
Open in Rho MD →