神功皇后
別名:息長帯媛 · 所属:天皇家 · 身分:皇后 · 初登場:朝鮮征伐
神功皇后は、仲哀天皇の皇后として、新羅へ向かう軍勢を率いました。軍勢が攻めこむと、新羅の王は降参し、皇后はその王をおうま飼と定め、隣の百済も領地に加えました。
筑紫へ凱旋してから、皇后は無事に生まれた子を〈大鞆命〉と名づけました。後に応神天皇と呼ばれるこの子を、皇后は香坂王と忍熊王の企みから守るため、喪船に乗せて天皇は亡くなったと言いふらし、筑紫を立ちました。香坂王と忍熊王は皇后の軍勢を討とうと、摂津の斗賀野まで進みました。後の世の人々は、皇后の雄々しい手柄をたたえ、神功皇后と呼びました。
関係の記録
生涯の出来事
- 新羅の王が皇后に降参した。(朝鮮征伐 · 📍 新羅)
- 同席:新羅の王
- 〈すると新羅の王はすっかり怖れちぢこまって、すぐに降参してしまいました。〉
- 息長帯媛は新羅の王をおうま飼とし、百済を領地に定めた。(朝鮮征伐 · 📍 新羅)
- 同席:新羅の王
- 〈それで皇后はさつそくお聞き届けになりまして、新羅の王をおうま飼ということにおきめになり、その隣の百済をもご領地にお定めになりました。〉
- 息長帯媛の子が筑紫で無事に生まれた。(朝鮮征伐 · 📍 筑紫)
- 同席:応神天皇
- 〈するとお子さまは、ちゃんと筑紫へお凱旋になってからご無事にお生まれになりました。〉
- 息長帯媛は子を大鞆命と名づけた。(朝鮮征伐)
- 同席:応神天皇
- 〈皇后はこれをお名まえにお取りになって、大鞆命とお名づけになりました。〉
- 後の世に息長帯媛は神功皇后と呼ばれた。(朝鮮征伐)
- 〈後の世の人は、この母上の皇后の、いろんな雄々しい大きなお手柄をおほめ申しあげて、お名まえを特に神功皇后とおよび申しております。〉
- 皇后は香坂王・忍熊王の企みを気づかい、喪船を仕立ててお小さな天皇を乗せ、天皇は亡くなったと言いふらして筑紫を立った。(朝鮮征伐)
- 同席:応神天皇
- 〈お小さな天皇をその中へお乗せになりました〉
- 香坂王と忍熊王はあとを取ろうと、皇后の軍勢を待ちうけて討ち亡ぼそうと兵を集め、摂津の斗賀野まで進軍した。(朝鮮征伐 · 📍 摂津の斗賀野)
朝鮮征伐
- 子:応神天皇 〈皇后はこれをお名まえにお取りになって、大鞆命とお名づけになりました。すなわち後にお呼び申す応神天皇さまです。〉
- 仲哀天皇と夫婦 〈皇后の息長帯媛のおからだにお乗りうつりになり〉
- 新羅の王と敵対 〈皇后の軍勢は、その大海嘯と入れちがいに、息もつかせずうわあッと攻めこみました。すると新羅の王はすっかり怖れちぢこまって、すぐに降参してしまいました。〉
- 臣:新羅の王 〈それで皇后はさつそくお聞き届けになりまして、新羅の王をおうま飼ということにおきめになり〉
- 忍熊王と敵対 〈皇后は、ちゃんとお策略をお立てになって、喪船を一そうお仕立てになり、お小さな天皇をその中へお乗せになりました。〉
赤い玉
- 親:高額媛の子 〈この天日矛の七代目の孫にあたる高額媛という人がお生み申したのが、すなわち神功皇后のお母上でいらっしゃいました。〉
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『古事記物語』の原文から抽出。Made with Rho MD。