弟媛(道能宇斯王の娘)
所属:丹波 · 身分:娘 · 初登場:おしの皇子・その一
丹波の道能宇斯王の娘、弟媛は、兄媛の妹で、円野媛とも姉妹でした。垂仁天皇が兄媛と弟媛を召し抱えた一方、円野媛ら二人は家へ帰されました。本文には、円野媛がそのことを恥じ、山城の乙訓で身を投げたと記されています。
関係の記録
生涯の出来事
- 天皇は兄媛と弟媛を召し抱え、円野媛ら二人を帰した。(おしの皇子・その二 · 📍 丹波)
- 同席:垂仁天皇 兄媛(道能宇斯王の娘) 円野媛
- 〈天皇は兄媛とそのつぎの弟媛とだけをお抱えになって、あとの二人はそのまま家へかえしておしまいになりました。〉
おしの皇子・その一
- 親:丹波の道能宇斯王 〈それには、丹波の道能宇斯王の子に、兄媛、弟媛というきょうだいの娘がございます。〉
- 兄媛(道能宇斯王の娘)と姉妹 〈それには、丹波の道能宇斯王の子に、兄媛、弟媛というきょうだいの娘がございます。〉
おしの皇子・その二
- 兄媛(道能宇斯王の娘)と姉妹 〈しかし下の二人はたいそうみにくい子でしたので、天皇は兄媛とそのつぎの弟媛とだけをお抱えになって、あとの二人はそのまま家へかえしておしまいになりました。〉
- 円野媛と姉妹 〈すると、いちばん下の円野媛は、四人がいっしょにおめしに会って伺いながら、二人だけは顔が汚ないためにご奉公ができないでかえされたと言えば、近所の村々への聞こえも恥ずかしく、とても生きてはいられないと言って、途中の山城の乙訓というところまでかえりますと、あわれにも、そこの深いふちに身を投げて死んでしまいました。〉
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『古事記物語』の原文から抽出。Made with Rho MD。