木梨軽皇子
別名:軽皇子 · 所属:天皇家 · 身分:允恭天皇の皇子 · 初登場:大鈴小鈴
允恭天皇のいちばん上の皇子だった木梨軽皇子は、天皇が亡くなった後に位につくことが決まっていました。ところが即位前に過ちを犯し、役人や人民は皇子を避け、弟の穴穂王につきました。穴穂王は軍を率いて大前、小前の家を攻め囲み、木梨軽皇子を捕らえて、〈そのまま伊予へ島流しにしておしまいになりました〉。
木梨軽皇子が島流しにされた後、穴穂王は第二十代の安康天皇として立ち、大和の石上の穴穂宮へ移りました。木梨軽皇子には、同腹の妹である軽大郎女がいました。妹は〈ついにたまりかねてはるばる伊予までおあとを追っていらっしゃいました〉が、まもなく二人はその地で自殺しました。
関係の記録
生涯の出来事
- 軽皇子が穴穂王方に捕らえられ、伊予へ島流しにされた。(大鈴小鈴)
- 同席:安康天皇
- 〈穴穂王は、軽皇子を、そのまま伊予へ島流しにしておしまいになりました。〉
- 軽大郎女が軽皇子を追って伊予へ行った。(大鈴小鈴 · 📍 伊予)
- 同席:軽大郎女
- 〈ついにたまりかねてはるばる伊予までおあとを追っていらっしゃいました。〉
- 木梨軽皇子と軽大郎女がその土地で自殺した。(大鈴小鈴)
- 同席:軽大郎女
- 〈まもなくお二人は、その土地で自殺しておしまいになりました。〉
- 安康天皇は軽皇子を島流しにし、即位して穴穂宮へ移った。(しかの群、ししの群 · 📍 大和の石上の穴穂宮)
- 同席:安康天皇
- 〈穴穂王は、おあにいさまの軽皇子を島流しにおしになった後、第二十代の安康天皇としてお立ちになり、大和の石上の穴穂宮へおひき移りになりました。〉
大鈴小鈴
- 親:允恭天皇 〈天皇がおかくれになったあとにはいちばん上の皇子の、木梨軽皇子がお位におつきになることにきまっておりました。〉
- 安康天皇と兄弟 〈ところが皇子はご即位になるまえに、お身持ちの上について、ある言うに言われないまちがいごとをなすったので、朝廷のすべての役人やしもじもの人民たちがみんな皇子をおいとい申して、弟さまの穴穂王のほうへついてしまいました。〉
- 安康天皇と敵対 〈そしてまもなく王ご自身が軍務をおひきつれになって、大前、小前の家をお攻め囲みになりました。〉
- 軽大郎女と兄妹 〈軽皇子には、軽大郎女とおっしゃるたいそう仲のよいご同腹のお妹さまがおありになりました。〉
しかの群、ししの群
- 安康天皇と兄弟 〈穴穂王は、おあにいさまの軽皇子を島流しにおしになった後、第二十代の安康天皇としてお立ちになり、大和の石上の穴穂宮へおひき移りになりました。〉
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『古事記物語』の原文から抽出。Made with Rho MD。